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無機質なガラスを通して有機的造形の影が落ちる。その刹那は、「形」と言う物質的社会に縛られる我々に、「動かぬ可変性質」とは何かを考えさせる。それは瞬間を鋭敏に凝縮した、「記憶」という現在の己の心底に固執する過去なのではないだろうか。
光と影の融合にとって作り出されるこの空間は、外界と内界との邂逅である。内的空間に見られる視覚的要素はまるで、空をたゆとう、光との戯れを楽しむ雲の存在の鏡像のようである。
分子単位で整列を守る硝子粒子という filter は、薄い雲に太陽光が突き抜けていくように、そこに「何か」があるという事を我々に気づかれているにもかかわらず、存在自体を否定する。
我々の内面を透かし通すように、光は精神に訴えかける。その柔らかい刺激は時に、自己精神に一角の輝きを与える。そこから見出すものは、「論理」と言うものから一脱した、古代からの自然の摂理なのである。
つまり、人は光無しでは生きて行けないのである。
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