第26回入賞作品

課題

「2050年のガラス空間」

奇しくも2019年は、いまや古典となったSF映画の傑作『ブレードランナー』(1982年)、ならびに大友克洋の漫画『AKIRA』(1982-90年)が想定していた近未来の時間設定と一致している。前者はそれまでの未来都市のイメージを刷新し、建築界にも大きな影響を与え、後者は二度目のオリンピックを翌年に控えた東京を舞台にしていたことから、現実を予言したことで改めて注目された。つまり、われわれは当時、想像された30数年後の近未来をまさに生きている。したがって、そのイメージが実現したこともあるだろうし、違ってしまったこともよくわかるだろう。映画『ブレードランナー2049』(2017年)は、30年後の続編として制作されたが、今回のコンペでも、現在からおよそ30年後の未来におけるガラスの空間を考えて欲しい。

身のまわりの半径30mとでもいうべき日常のリアリティを精緻に読みとくことばかりに意識を向けているうちに、われわれは未来への想像力が萎んでしまったのではないか。その際、10年後でもなく、100年後でもなく、30年後を設定したのは、例えば、20代のうちに専門知識を学び、職業に就いたとして、現役のうちに見届けることが可能な射程だからである。当然、現在とは異なる社会や技術を背景とした世界に変化しているだろう。 そのとき、いかなるガラスの空間が成立しうるか。今回の課題では、普段の設計だと提案しにくいデザインに是非、挑戦して欲しい。

審査委員

審査委員長
千葉 学
(東京大学大学院 教授,千葉学建築計画事務所 主宰)
審査委員
原田 真宏
(芝浦工業大学 教授, MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO 主宰)
羽鳥 達也
(日建設計 設計部門 ダイレクター)
岸本 暁
(日本電気硝子株式会社 常務執行役員 コンシューマーガラス事業本部 本部長)
コーディネーター
五十嵐 太郎
(建築批評家/東北大学大学院 教授)

(敬称略)

A.提案部門 (応募登録数 327件 応募作品数 240件)

最優秀賞

作品名触れたいガラスのビル

牧 拓志

神戸大学大学院

優秀賞

作品名彩るガラスと生きる島

白石 雄也・棗田 直路

近畿大学大学院

入 選

(敬称略)

※作品の内容については月刊「新建築」2020年1月号において発表しました。
※所属先および役職は受賞当時のものです。

審査講評

審査委員長

千葉 学千葉学建築計画事務所 主宰,
東京大学大学院 教授

ガラスが描く未来は、ともするとその透明感にばかり引きずられがちだが、入賞した作品はどれもそれを超えて想像力を掻き立てられるものばかりだった。
最優秀の「触れたいガラスのビル」は、ガラスが柔らかな繊維のようにしてビルを覆うものだ。風に靡いて刻々と表情を変えながら耀く様、植物のように蒸散する様など、生き物の様に姿を変える建築が刺激的だ。優秀の「彩るガラスと生きる島」は、地球温暖化という深刻な事態をガラスの防潮堤で前向きに捉え直すものだ。どんな未来でも、建築的なアイデアが状況を転換し得ることを見せてくれている。その他「ツギガラス」も、単なる経年変化に留まらない様々な災害を被った建築にも展開可能な美しい案だ。

2019年11月8日、電気硝子建材で行われた審査会にて。
左から、羽鳥氏、原田氏、千葉氏、五十嵐氏、岸本氏。

審査委員

原田 真宏芝浦工業大学教授
MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO主宰

未来を考える。大きなお題で戸惑ったことでしょう。戦後復興期には建築家の役割はまさに未来を提示することでしたが、皆さんが生まれた時にはもう都市環境は殆ど完成していて、そんな機会も需要もない。
やるべきことは既存の環境のマイナーチェンジであって、大きな話をするのはイタイ奴、そんな気配さえあるように思います。しかし、未来は避けようもなく来るのだし、いつものような事後的な対処では間に合わない諸問題について準備しておく必要もあります。
イタイ奴は必要。我々にとって、良いリハビリになったコンペだったと思います。

審査委員

羽鳥 達也日建設計 設計部門 ダイレクター

最優秀賞のガラスの毛が生えた超高層の牧案。
優秀賞の内外に空間を持つ堤防のようなガラス建築の白石、棗田案。
ガラスの第二大地の陸㬢案など、一見荒唐無稽で無茶な技術設定に笑いが起きたりもしたが、それぞれ実現したらどんな現象が起こるのかなど、審査員間でブレストや再解釈が始まったことが、その可能性を物語っている。
近未来をテーマにすると環境問題に基づくシリアスな提案が多くなるが、その環境変化をもとに建築や都市環境をより楽しく美しくしようとする、見る人の頭を柔らかくするような提案が選ばれたのは喜ばしいと思う。

審査委員

岸本 暁日本電気硝子株式会社
常務執行役員コンシューマーガラス事業本部 本部長

“2050年のガラス空間“というテーマに対して、多くの作品がガラスに新しい機能が付加された近未来空間を創造したものでしたが、一方で、ヒートアイランド現象、温暖化による海面上昇、自然災害の甚大化など環境問題がもたらす近未来を提起した作品も多く見られました。
私は、30年後の未来が豊かで輝く世界であってほしいと願います。
弊社は、今後もこの空間デザイン・コンペティションを通じて、ガラスの可能性を引き出す新しい発見を期待するとともに、受賞者の皆様方がこの受賞を足掛かりにご活躍されることを祈念いたします。

コーディネーター

五十嵐 太郎建築批評家/東北大学大学院 教授

感覚的なテーマが続いたので、今年は古典的なSFが設定した未来にあたるということで、およそ30年後のガラスの空間を考えてもらう課題にした。
一次審査では審査員の票がだいぶ割れたため、二次審査で議論が収束するか心配したが、最終的には数点が最優秀賞と優秀賞の対象に絞り込まれ、無事に結果を決定できた。
大きな被害をもたらした巨大台風や川の氾濫、海面上昇を伴う地球温暖化などを意識した作品がいくつか登場したのが印象的だった。一方、ガラスの素性が変わることで、もっと共感を呼び込み、人間に親密なガラスの提案も目立った。また例年に比べて、今回は学生が多く残ったように思う。