第29回入賞作品

課題

「ガラスがもたらす建築の映像性」

近代建築におけるガラスの大胆な導入は、空間に透明性をもたらした。 ガラスという素材が、壁と違い、その向こうが透けて見える性質をもっていたからである。かつて建築史家のコーリン・ロウ は、バウハウスの校舎に代表される、こうした効果を「実の(リテラルな)透明性」と呼ぶとともに、「虚の(フェノメナルな)透明性」という概念を提唱した。すなわち、ル・コルビュジエの作品や近代絵画などに見出される複数のレイヤーが重なり合う構成によって、事後的に立ち上がる現象としての透明性である。 ガラスは新しい空間をもたらしただけではなく、建築論も刺激し、複雑なデザインの探求をうながした。

これを現代において考えると、どうなるだろうか。その手がかりとして、映像性をテーマとしたい。実際、ガラスはリフレクションの効果によって周辺環境を映しだす動画のスクリーン のようにもなるし、各種のディスプレイにも使われている。これらはロウにならって言えば、リテラルな映像性かもしれないが、現代建築の可能性を拓くものだろう。またさらに発展させて、フェノメナルな映像性という切り口も考えられるかもしれない。その場合、ガラスを単体として考えるのではなく、建築の関係性の中にどう位置づけるか、あるいは透明性がエネルギー負荷をもたらすことを踏まえて、環境的な視点を織り込むことも課題になるだろう。

いみじくも今年は、国連でガラスの歴史と未来を祝福することが定められ、国際ガラス年 2022 に指定 されたが、改めてその素材がもつ様々なポテンシャルが注目されている。こうしたガラスの性質を参照しつつ、このコンペでは、ガラスがもたらす映像性を、インスタレーションやプロダクトではなく、建築の空間として提案してほしい。

審査委員

審査委員長
乾 久美子
(横浜国立大学大学院教授、乾久美子建築設計事務所 主宰)
審査委員
牛込 具之
(佐藤総合計画 東京第2オフィス シニアアーキテクト)
中川 エリカ
(中川エリカ建築設計事務所 主宰)
岸本 暁
(日本電気硝子株式会社 常務執行役員 コンシューマーガラス事業本部 本部長)
コーディネーター
五十嵐 太郎
(東北大学大学院教授)

(敬称略)

A.提案部門 (応募登録数 243件 応募作品数 168件)

最優秀賞

作品名ある映画好きの家族の家

南 苑佳

コンストファック国立美術大学

優秀賞

作品名青を拾う

井出 達也

東京工業大学大学院

入 選

(敬称略)

※作品の内容については月刊「新建築」2023年1月号において発表しました。
※所属先および役職は受賞当時のものです。

審査講評

審査委員長

乾 久美子横浜国立大学大学院教授、
乾久美子建築設計事務所 主宰

今年のテーマである映像性について多様な作品が集まった。最優秀賞となった作品はガラスの反射と映画を映写することを重ね合わせるもので、明日にでも実現できそうな案でありつつも、生活の場を大きく変えてしまいそうな面白さがあった。優秀賞は原理的に不可能ではなさそうなギリギリのラインでガラスの可能性を大きく広げる提案であった。入選の中では特に土壌の提案がよかった。ガラスを差し込むことで超スローな土壌の動きを映像として捉え、映像そのものの時間的イメージを更新していた。

2022年11月2日に審査会が行われました。
左から乾氏、中川氏、五十嵐氏、岸本氏、牛込氏。

審査委員

牛込 具之佐藤総合計画
東京第2オフィス シニアアーキテクト

自然体でかつ、鋭敏な感覚をもって、日々の営みに絡み合う映像性をとらえた南案。未知なるもの、距離を超えたものへと接続する井出案。他の入賞作も、ガラスの映像性というともすれば副次的かつ難解な効果を、鮮やかな切り口で本質へと昇華させており、提案者の力量とテーマに対する共感力の高さを感じました。
映像性とは、建築を取り巻く他律的な事象を新たに繋ぎ直し、他者あるいは外在する環境に寄り添う、これからの時代の「新たな作法」であるといえるのではないかと、大切な気づきを得たコンペとなりました。

審査委員

中川 エリカ中川エリカ建築設計事務所 主宰

とても難しいテーマだったと思う。
最優秀賞は、ガラスの映像性をささやかな日常のシーンに重ね合わせることにより、虚と実が交錯したような魅力を持つ作品で、審査員の多くの票を集めた。
個人的には、優秀賞の作品も最優秀賞と甲乙つけ難い力作で、特に、映像性というテーマに対して、平面やパースではなく、断面でアイデアを構築しようとする姿勢、また、見落とされてしまいそうな自然現象をガラスを通じて動的に掬い上げる姿勢に大変感心した。

審査委員

岸本 暁日本電気硝子株式会社
常務執行役員コンシューマーガラス事業本部 本部長

私は、今回のテーマ "ガラスがもたらす建築の映像性" について、本来、静的な建築物に動的なものがつながった居心地の良い空間を如何にガラスで構築するかという視点で作品を拝見しました。透明なガラスで開放的な空間を生むだけでなく、心の安らぎが得られる作品に心惹かれました。
弊社は、今後もガラスの可能性を引き出す新しい発見を期待するとともに、受賞者の皆様方がこの受賞を足掛かりにご活躍されることを祈念いたします。

コーディネーター

五十嵐 太郎東北大学大学院教授

アイデアコンペは、出しやすさを優先し、どうしても簡単な内容のテーマが多くなってしまう。そこで今回は、かつて言葉や概念がデザインを触発していた時代のキーワード、建築批評家コーリン・ロウが論じた「透明性」を下敷きとしながら、自由に考えてもらうテーマを設定した。ゆえに、通常のアイデアコンペに比べると、ハードルが高いなかで様々な提案が寄せられたことに希望を感じた。最優秀賞は、映画愛好家の家という、かえって予想しなかったど真ん中直球の案だったが、知的に操作された建築空間としても十分に評価できる。