日台企業が挑む次世代スピーカーの世界
振動板(ダイヤフラム)とは
普段私たちが何気なく使っている、スピーカー。音は空気の振動で伝わることをご存じでしょうか?
スピーカーの内部には、電気信号を振動に変えるコイルと、その振動で空気を震わせて音を生み出す「振動板(ダイヤフラム)」が組み込まれています。振動板の素材には紙、樹脂、金属が使われていますが、「ガラスを使う」という選択に注目が集まっています。
ガラスの振動板(ダイヤフラム)とは
[写真2]が特殊ガラスのリーディングカンパニー日本電気硝子(NEG)と、台湾のガラス振動板メーカー「GAIT」社とのコラボレーションによって開発されたガラス振動板。NEGの特殊ガラスDinorex UTG®[写真1]をGAITの高い技術力で加工し生み出された新製品です。ガラスを用いることで、外観の美しさに加え、音響性能も向上します。
この「一見ガラスの器のように見える」ガラス振動板に、どのような秘密があるのでしょうか。
NEG×GAITによる新製品完成までの経緯や今後の展望について、NEGでGAITを担当されているディスプレイ営業部の萬(まん)さんに、お話を伺いました。
家電からモビリティまで。
次世代スピーカーが拓く無限の可能性
振動板がガラスになることで高級感が増す、内部から光を透過できるようになるなど外観の美しさを追求できます。さらに音の立ち上がりが早く、再現性の高い音を実現できるという特長があります。NEGとGAITでは、既に小型イヤホンから大型スピーカーまで多種多様な振動板の試作品を市場に提供しています。
NEG萬 「大小さまざまなサイズのガラス振動板の試作品を実際に使用してもらいご意見を頂戴しています。他の材質の振動板に比べて音がとても綺麗でクリアであり、高級なイヤホンやスピーカーと同等の音質との評価を多くいただいています」
―なぜ、ガラス振動板は綺麗でクリアな音が出るのでしょうか?その理由はガラスの持つ「硬質で、音の残響が少ない」といった物理的特性にあります。
NEG萬 「紙や樹脂などの素材と比べてガラスは硬いため、振動板をレスポンスよく振動させ、広い再生周波数帯域で音を正確に再現できます。金属は、硬さはあっても振動が収束しづらく、"残響"が長くなるため音が曇りますが、ガラスは残響時間が短い(※内部損失が高い)ため、後から出てくる音と共振せずクリアな音を出すことができます」
加えてガラスには、紙や樹脂と違い、温度や湿度などの環境変化に強く、経年劣化しにくいというメリットもあります。
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内部損失が高い素材は、振動が吸収され減衰する速度が速くなるため、後から出た音と共振せずクリアな音になり、より忠実に音を再生することができる。
NEGの超薄板ガラスが実現した高音質
振動板を金属のように重い材質で作ると、振動により多くのエネルギーと時間が必要になります。その結果、音の立ち上がりが遅くなる、再生できる周波数帯域が制限されるなど、高品質な音響を実現するための妨げになります。
NEGの超薄板ガラスを用いることで振動板の軽量化が実現、高音質に求められる硬さと音響特性の良さとの"いいとこ取り"が可能になりました。一般的には0.1mmでも「薄い」と言われる振動板を、0.025mm(25µm)という極限の薄さにまで進化させたのは、NEGの超薄板ガラス製造技術とGAITの加工技術によるものです。両社の技術が合わさり、相乗効果を発揮することで、音の立ち上がりが速く、シャープでクリア、原音に忠実で自然な音を再現できるガラス振動板が完成しました。
世界のオーディオ・スピーカー市場に参入し、イヤホンスピーカー、スマートフォンスピーカー、ノートパソコンスピーカー、HiFiスピーカー、車用スピーカーを手掛けているGAITと、最先端のディスプレイや電子デバイス分野などに精密・高品位なガラス製品を開発・供給してきたNEG。両社が共創することによって、ガラス振動板のさらなる進化が期待できます。
GAITのガラス3D加工技術力の凄み
GAITが持つガラス加工技術は、世界に比類のないもの。その凄みは、薄さ0.4mmから0.025mm(25µm)という、非常に薄いガラスを高い平坦性(表面の凹凸や反り、うねりなどが少ない状態)を保ったまま3D加工できることにあります。GAITを何度も訪ね、その現場を目の当たりにしてきた萬さんに、GAITの技術力の凄みを聞きました。
NEG萬 「まず、GAIT社がガラスに関して高い知見を有するところが大きなポイントです。その上で、3D加工の設備を使いこなす技術を持っているところに競争優位性があると言えるでしょう。通常、薄いガラスを加工すると、板厚の均一性が保てない、形が綺麗に仕上がらない、シワができるといった問題が起こりがちです。薄いので加工中に割れやすいというリスクもあります。それらの要素を総合的に制御しながら、平坦性に優れた3D加工ができるメーカーはなかなかありません」
強化ガラスがガラス振動板に
NEG×GAITのガラス振動板に用いられる超薄板ガラスは、NEGが開発した超薄板化学強化専用ガラスDinorex UTG®。強化ガラスといえば、身近なところではスマートフォンやタブレットのディスプレイの保護カバーなどがありますが、なぜ強化ガラスが振動板の素材となったのでしょうか?
超薄板化学強化専用ガラス DinorexUTG 曲げ試験
この背景には、2023年4月の台湾での展示会での出会いがありました。NEGとGAITは同じ会場に出展しており、この偶然の機会から両社の交流が始まることになりました。
NEG萬 「GAIT社から『ぜひ一度、NEGのガラスを使ってみたい』と引き合いをいただきました。当時、NEGはスピーカー振動板ビジネスには関わっておらず、音響関連については全く知見のない分野でしたが、『NEGが持つ、紙よりも薄いガラスを成形できる技術を、新しい用途や様々なジャンルで活用できないか?』と可能性を模索しており、GAIT社に超薄板化学強化専用ガラスのサンプルを送ったことが、その後、同社との戦略的パートナーシップへと発展することにつながりました」
結果、GAITから実証実験で優れた性能が確認され、GAITのガラス振動板にNEGのDinorex UTG®が採用されることになりました。
なぜGAITはNEGの特殊ガラスを選んだのか?
GAITがNEGの特殊ガラスを選ぶカギとなったのは、
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ガラス振動板に欠かせない優れた平坦性、均一性を有する超薄板ガラス
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高い品質管理の下での安定した製品供給と充実した顧客サポート
などにあったと萬さんは語ります。
NEG萬 「評価されたのは、NEGの超薄板ガラスが平坦性、均一性に優れているという点です。これはとても重要な要素で、平坦性に欠けるガラスだと、成形した後も凸凹が残ってしまいます。NEGではどのような板厚のガラスでも極めて平坦でスムーズな表面を実現していて、その点が評価されました」
もう一つの「高い品質管理」については?
NEG萬 「ガラスは割れやすく、取り扱いが難しい素材です。例えば、強化ガラスといえどガラス表面への衝撃には強靭でも、端面(ガラスの切断面)への衝撃には弱いという性質があります。そこで、NEGでは、製造工程における端面処理(割れの原因となるガラス切断面を滑らかな状態に処理すること)を丁寧に行い、高品質のガラスを安定して供給できる体制を整えています」
どのような板厚であっても高品質なガラスを提供する、NEGの高い製造技術と品質管理が高く評価されたわけです。
グローバル市場を狙う日台企業の強みを活かした戦略的パートナーシップ
両社の出会いから1年を経た2024年4月。ガラス振動板ビジネスに将来的な可能性を見出したNEGはGAITへの出資を決定し、戦略的パートナーシップを締結しました。
調査機関(GMI)によると、世界のオーディオ市場のうちスピーカーの振動板は270億米ドルと予測されています。NEGがオーディオスピーカー市場に挑むのは初の試みとなります。
【参考】GMI Webページ:
https://www.gminsights.com/industry-analysis/acoustic-diaphragm-market
さらには、GAITが持つガラスの3D加工技術とNEGの超薄板ガラス技術の組み合わせによって、予期せぬ新たな用途や分野の開拓も今後大いに期待されるところですね。
なお、NEGでは、Dinorex UTG®を使ったコラボレーションに可能性を感じる企業様からのご連絡をお待ちしております。本製品に関するお問い合わせは下記までお寄せ下さい。
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総務部 広報担当 電話:077-537-1702(ダイヤルイン)
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