超薄板ガラス開発の舞台裏:開発担当者が切り開いた新たな技術

携帯電話所有者の97%が保有するスマートフォン(スマホ)※。毎年多くの機種が各メーカーから発売されており、最近ではディスプレイが折りたためるスマホも発売されています。折りたたんでもディスプレイが割れないため、プラスチック素材でできているのではないかと思う方も多いかと思いますが、実は曲がる程薄い超薄板ガラスでできています。
(※2024年一般向けモバイル動向調査(NTTドコモ モバイル社会研究所))
2024年にモトローラから発売されたrazr 50、razr 50 ultraには、日本電気硝子(NEG)製の化学強化専用超薄板ガラス「Dinorex UTG®」が採用され、2025年5月には新型のrazr 60シリーズにも採用されました。これまでのガラスの常識を覆す強度と柔軟性を兼ね備えた超薄板ガラスを使ったディスプレイは、今後スマホなどのディスプレイを持ったデバイスの未来を大きく変える可能性を秘めています。
この超薄板ガラスの開発や商品化に大きく貢献したディスプレイ事業部の森 弘樹さんに開発秘話や今後の展望を伺いました。

超薄板ガラスとは
樹脂フィルムや紙のように曲げたり巻いたりできる特殊ガラスです。透明でフレキシブル性に優れるだけでなく、耐熱性、耐薬品性、耐候性、ガスバリア性など、樹脂フィルムでは実現できない特長を備えています。厚さは30 ~200μmまで対応でき、さまざまな製品に応用が可能。NEGでは、多くのユーザーに使用していただけるよう、潤沢に供給できる生産体制の確立と、超薄板ガラスを使いこなす応用技術の開発も進めています。ディスプレイ基板用ガラスと同じ無アルカリガラスであるG-Leaf®や、化学強化することで半径1.5mm以下の屈曲にも耐えられるようになるDinorex UTG®などのラインナップをそろえています。

―どんな技術を開発したのですか?
森さん「超薄板ガラスの開発は2000年代後半にスタートし、後ほど、超薄板ガラスをフィルムのようなロール製品として所定の幅に切断し巻き取る製造技術開発プロジェクトが始まりました。私はこのプロジェクトに参加して以来、超薄板ガラスの製造プロセスを担当しています。
その後は、原板ガラスの生産工程を担当しました。この工程では、溶融ガラスから成形された原板ガラスの厚い部分をレーザーで切断しながらロールに巻き取ります。
しかし、原板ガラスは幅が広く極めて薄いため、シワやねじれなどの不具合が出てきます。長尺で連続して巻き取れるよう、搬送や切断条件を最適化するのには苦労しました。
とにかく現場に張り付いて、ガラスが安定して流れる条件や搬送形態、シワが入らない搬送方法を繰り返し模索しました。2010年代後半にはレーザー切断の方式を変更し、目標だった薄さと長さを兼ね備えたロール品が実現できました」

―開発で求められていたことは?
森さん「超薄板ガラスは毎年展示会に出展し、大きな反響がありました。ただ量産採用される大口案件には結び付いていませんでした。そんな中、フォルダブルスマートフォンのカバーガラス用途として注目され、製造部門・営業部門が一体となって採用獲得に向けた営業活動を展開した結果、Dinorex UTG®の採用が決まりました。
Dinorex UTG®は原板ガラスを所定のシートサイズに切断加工して出荷する必要があります。当時、超薄板ガラスのシート加工にはレーザーを用いていましたが、生産性が低く、必要数に対応できない恐れがありました。
そこで加工方法をレーザーから一般的にガラスを切断するときに使用されるダイヤモンドチップに変更。ダイヤモンドチップは液晶ディスプレイ用ガラスの加工で使用されていたので、その担当メンバーにも加わってもらい、生産設備の開発から立ち上げることができました。
当時、超薄板ガラスの中でも特に厚みが薄い原板ガラスの生産性がなかなか上がらず、ようやく必要数を生産できる目途がついたのが量産開始ギリギリのタイミングになりました。
2024年には初めて量産品として採用され、売上も拡大。自分たちの作ったガラスが搭載されたスマートフォンが、テレビCMで流れているのを見たときは、本当に感慨深かったですね」
―現在の取り組みと今後の展望は?
森さん「量産品として採用されたとはいえ、製造工程としてはまだまだ改善の余地があり、今も日々試行錯誤しています。苦戦しているときは現場に張り付いてガラスの挙動をとことん観察するのですが、そこではガラスの“声 ”、ガラスが「どうしてほしい」かが聞こえてくるように思います。これは経験からくるものですが、一方で自分自身は経験に頼りすぎている面もあるので、今後は学会や世の中の情報を積極的に取り込み、経験と知識を活かして、最適な選択ができる技術者になりたいと思っています。
また当社は現場力が高いとよく言われます。実際、高いモチベーションで仕事に取り組む方が多く、私自身も何度も助けられ、改善のヒントをもらいました。そんな心強いメンバーとともに、超薄板ガラスを「儲かる製品」に育て上げたいと思っています」
インタビューした社員

ディスプレイ事業部 TFT加工部 森 弘樹さん
2002年入社。電子部品事業部に配属となり、ファインスフィア(シリカビーズ)やドーパントの生産技術開発などに従事。2009年より、超薄板ガラスの開発に携わる。料理やお酒、ランニング、川釣りなど幅広い趣味を持つ。