変わる“注射器の形”と日本の技術——医薬品容器市場のいま

2025.11.10
プレフィルドシリンジとシリンジカートリッジにはガラスが採用されている

医薬品容器市場はいま、大きな転換期を迎えています。 市場規模では依然としてバイアルやアンプルが主流ですが、医療現場の効率化や安全性向上を背景に、プレフィルドシリンジやシリンジカートリッジの需要が世界的に急増しています。

この流れを加速させているのが、近年急成長を続けるGLP-1製剤市場です。 市場は年間約33%で拡大しており、それに伴い、薬剤を直接装着できるシリンジ・カートリッジの需要も急伸。 欧米に加え、中国・インドなどの新興市場でも採用が広がる見通しで、医薬品容器の需要を牽引しています。

その中心にあるのが、医薬品容器に適した素材として知られるホウケイ酸ガラスです。 薬剤との反応性が小さく、耐熱性・耐薬品性に優れ、品質保証の観点からも標準材料となっています。

日本国内で医薬品容器用の管ガラスを製造しているメーカーは、実は日本電気硝子(NEG)だけ。 NEGは長年にわたって、医薬業界にホウケイ酸管ガラスを供給してきました。用途はプレフィルドシリンジ、シリンジカートリッジ、アンプル、バイアルなど多岐にわたり、製剤形態の変化に応じてグローバルで採用が進んでいます。

GLP-1: GLP-1は小腸から分泌されるホルモンで、血糖値が高い時にインスリン分泌を促し、食欲を抑える作用もあります。糖尿病や肥満症治療薬として注目されています。

医薬品容器の変革と世界の社会課題

現代社会が直面する深刻な社会課題のひとつに、人口動態の急激な変化があります。新興国は人口増加が続く一方で、先進国を中心に高齢化が急速に進行しています。
このような人口動態の変化に対応するため、新たな医薬品の開発が進められています。新型コロナウイルスワクチンで知られるmRNAワクチンをはじめ、抗肥満症薬、がん免疫療法薬、アルツハイマー病治療薬など、画期的な医薬品が次々と登場しています。
そして、これらの新薬や、医療現場の効率化を支えるために、医薬品の保存・供給を支える製品として医薬品容器、特にガラス製の容器が広く用いられています。

本記事では、医薬品容器のニーズが高まる背景として、世界の社会課題と新薬の登場、そして、その中でNEG(日本電気硝子)が提供する医薬品容器用管ガラスの役割と使用例について解説します。

世界が直面する二つの課題:人口増加と高齢化

近年、人口増加と高齢化の2つが世界的な社会課題として挙げられています。

人口増加

世界人口白書によれば、1999年に60億人に達した世界人口は、2024年には81億人を超え、わずか25年で21億人も増加しました。さらに国際連合の予測では、2080年代半ばに103億人に達し、今後も人口増加は続くとされています。

特にアフリカは急速に人口が増加している地域のひとつですが、その一方で乳幼児の死亡率が非常に高いという問題があります。ユニセフの調査によると、世界の5歳未満児死亡の56%はサハラ以南のアフリカで発生しており、出生1,000人当たり69人の子どもが5歳未満で亡くなっています。高所得国の5歳未満児死亡率は平均で出生1,000人当たり4.9人であり、大きな差があることがわかります。
疾患によって5歳未満で亡くなる子どもの主な死因は肺炎、マラリア、下痢であり、適切な医薬品の供給によってその死亡率を下げられる可能性があります。

高齢化

1950年時点では、世界で高齢者に該当する65歳以上の割合は5.1%でしたが、2020年には9.4%まで上昇しています。さらに、2060年には18.7%まで上昇すると見込まれ、これまでにない高齢社会を迎えます。
日本では高齢化の進展を背景に、糖尿病や高血圧症などの生活習慣病の患者が増加しています。高齢者ほど生活習慣病になるリスクが高いため、高齢化に伴う慢性疾患の治療薬や医療サービスの需要は拡大すると予想されます。

画期的な新薬の登場

これまで有効な医薬品が限られていた疾患に対して、従来を上回る効果を有する医薬品が開発され、医薬品への期待がこれまで以上に高まっています。近年開発された医薬品の一例を以下に示します。

● 新型コロナウイルスのmRNAワクチン
● 抗肥満症薬(GLP-1受容体作動薬)
● アルツハイマー病治療薬
● 遺伝子治療薬

抗肥満症薬など、投与の効率化が求められる医薬品では、冒頭で触れたようにプレフィルドシリンジやシリンジカートリッジといった、あらかじめ薬剤が充填された新しいタイプの医療機器(器具)が採用され、そこには医薬品容器用管ガラスが使用されています。 また、新興国においては人口増加に加えて経済発展が進んでおり、生活習慣病患者の増加が懸念されています。これに伴い、医薬品需要の拡大が見込まれます。

こうした背景から、医薬品容器用管ガラスをはじめとする医療器具を構成する素材の需要は、ますます高まっていくと考えられます。

シリンジカートリッジ

医薬品を支えるガラス容器

医薬品はわずかな不純物や容器からの溶出物が原因で、効果や安全性が損なわれる恐れがあります。容器は薬剤と直接接触する一次包装材であるため、内容物と反応しない」ことが必須です。

医薬品の容器には、一般的には樹脂やガラスなどが活用されています。樹脂容器は軽量かつ安価ですが、水分やガスを通しやすく、薬剤と反応する可能性が比較的高いことから、医薬品の種類によっては適さない場合があります。一方で、ガラスは化学的安定性が高く、薬剤の品質を長期的に保つことができるため、特に高い安全性が求められる注射剤用の容器材料として古くから信頼されています。

ホウケイ酸ガラスとは?

医薬品容器には、一般的なソーダ石灰ガラスではなく、ホウケイ酸ガラスという特殊ガラスが使用されています。ホウケイ酸ガラスは以下の点で医薬品の容器に適しています。

● 耐熱性(熱膨張率の低さ)
● 耐薬品性(化学的な安定性)
● 透明度の高さ


ホウケイ酸ガラスは熱膨張率が低いため、温度差による熱衝撃に強く、高温での滅菌や凍結/解凍に耐え、割れにくいという特性があります。
また、化学的安定性が高く、医薬品容器の適格性を評価する重要な指標である耐加水分解性(水に対する耐性)に優れることから、さまざまな薬剤に使用可能です。
ホウケイ酸ガラスは透明度の高さにも強みを持ち、医薬品中の異物や変色などを使用前に適切に検出することができます。

医療現場での使用例

ホウケイ酸ガラスは代表的な医薬品容器であるバイアルやアンプル、そして現代のトレンドであるプレフィルドシリンジ、シリンジカートリッジの材質です。

バイアル
バイアル

バイアルは、ワクチンなどの注射剤の保存に使われる小型のガラス瓶です。ゴム栓で密閉し、必要時に注射針でゴム栓を穿刺して薬剤を取り出します。注射針を使って必要分だけを取り出せるため、複数回に分けて使用することができるのが特徴です。

アンプル
アンプル

アンプルは、薬剤を充填後にガラスを融封することで密閉する容器であり、薬剤と直接接触する表面がすべてガラスであることが特徴です。使用時にはアンプルの首部を折ることで開封します。

プレフィルドシリンジ
プレフィルドシリンジ

プレフィルドシリンジは、薬剤があらかじめ充填された注射器です。バイアルのように薬剤を注射器で吸引する必要がなく、そのまま投与が可能であるため、医療事故の防止や異物混入リスクの軽減、正確な薬剤投与量の確保などの利点があります。ワクチンやバイオ医薬品など、近年使用が増えてきています。

NEGが支える医薬品容器用管ガラス

管ガラス BS
製品名:BS
管ガラス BS-A
製品名:BS-A

NEGは、ホウケイ酸ガラス製の医薬品容器用管ガラスを製造しています。日本や米国、欧州の薬局方に対応する医薬品容器用ガラス管「BS」及び「BS-A」を供給し、医療インフラの根幹を支え続けています。

製品名 特徴
BS ・無色透明タイプのホウケイ酸ガラス
・化学的安定性が高く、薬剤への影響が小さい
BS-A ・茶褐色透明タイプのホウケイ酸ガラス
・化学的安定性が高く、薬剤への影響が小さい
・遮光性が高く、紫外線による薬剤の変質を防げる
・視認性が高く、容器外からでも目視で薬剤を検査できる

また、肥満薬(GLP-1受容体作動薬)などの新しい医薬品や、新興国での生活習慣病の拡大に伴う市場ニーズの変化によって、高品質な医薬用管ガラスがこれまで以上に求められます。
NEGは、市場の変化に対応できる技術力を有しているため、今後も医療業界の期待に応え、医療の根幹を支える役割を果たし続けます。

まとめ

人口増加と高齢化という2つの大きな社会的な課題により、医薬品の需要は拡大すると予想されます。また、新型コロナウイルスのmRNAワクチンなど、これまでにない医薬品の登場によって医療機器(器具)も変化しています。
医薬品容器には、耐熱性や耐薬品性、透明性に優れるという特徴から、主にホウケイ酸ガラスが使用されています。NEGはホウケイ酸ガラス製の高品質の医薬品容器用管ガラスである「BS」及び「BS-A」を長年製造し、供給しています。
今後も新たな医薬品の開発や医療技術の進展が期待される中、NEGは医薬品容器用管ガラスの供給を通じ、世界の医療を支え続けていきます。

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