日本セラミックス協会 技術奨励賞受賞者に聞く:ガラスの持つ可能性から描くNEGの未来の姿

2025.11.12
日本セラミックス協会 技術奨励賞受賞者 鈴木太志氏

公益社団法人日本セラミックス協会では毎年、セラミックスの学術研究や工業技術において優秀な業績を発表した研究者に対し、学術賞、進歩賞、技術賞、技術奨励賞の4部門を設け表彰しています。中でも39歳以下の若手研究者を対象とした賞が技術奨励賞です。2024年度の技術奨励賞を、日本電気硝子株式会社(以下、NEG)の鈴木 太志さんが受賞しました。

研究開発本部 開発部 鈴木太志さん
研究開発本部 開発部 鈴木太志さん

鈴木さんは博士課程時代に所属していた研究室がNEGと共同研究を行っていたご縁もあり、2013年にNEGへ入社。2014年に技術企画部(現:開発部)に配属されてからは、光アイソレーター用ガラス開発を皮切りに、それを発展させて光アイソレーターというデバイス自体の開発に取り組んできました。

光アイソレーターはレーザーシステム内に使われるデバイスです。レーザー光を出射すると『反射戻り光』という、対象物やシステム内のパーツなどに反射して、光源まで戻ってくる光が発生し、システムに悪影響を及ぼします。この反射戻り光を遮り 、レーザー光源の破損やノイズの発生からシステムを守るのが光アイソレーターです。

この光アイソレーターで一番重要な材料が磁気光学材料のファラデー素子です。単純に言えば、このファラデー素子に磁力をかけることで光の偏光が回転し、反射戻り光 を遮断 します。

鈴木さんの研究は、従来のファラデー素子より性能の良いものをガラスで開発し、光アイソレーターの性能向上や小型化を図るといったもの。最終的にはデバイスの開発までを自身で手掛け、NEGの新たなジャンルを切り拓いています。そんな鈴木さんに、開発の苦労や受賞の喜び、そして技術者としての思いなどを伺いました。

材料だけでは理解してもらえない。だったらデバイスにして証明しよう

――鈴木さんがNEGでこのテーマに取り組もうと考えた、きっかけを教えてください。

鈴木さん「当時配属された部署で与えられたミッションは、自分で新しいテーマを企画して開発するというものでした。新しいものを0から開発するとなった時に、今ニーズがあるものよりも、10年後にニーズがあるものを開発しなければと考えていました。そこでたどり着いたのがレーザー分野です。ガラスとの親和性が高く、10年後でも研究開発が続いているだろうと考え、レーザー分野に必要とされる材料に絞って検討を進めました。その中で出てきた一つのアイデアが、光アイソレーターに使われる磁気光学材料(ファラデー素子)でした。

現行のファラデー素子は単結晶材料で作られていたため、それをガラスに置き換えることで生産性の向上が可能となります。しかし、単純に結晶材料の置き換えを狙っただけではインパクトがないので、特性で結晶材料を上回るガラス材料の開発を目指しました。性能が上がれば光アイソレーター自体を小型化することができ、よりインパクトがあると考えたからです。

ファラデー素子用ガラスは、テルビウムというガラスになりにくい元素をガラス化するところが難しく、成功するかどうかは、やってみないと分からないというのが正直なところでした。最初は『できなければ次を考えよう』というぐらいの気持ちで楽観的にチャレンジしました。」

磁石にくっつくほど高い磁性を持つファラデー素子用ガラス
磁石にくっつくほど高い磁性を持つファラデー素子用ガラス

――ガラス製ファラデー素子の開発には、どれぐらいの時間がかかったのでしょう。

鈴木さん「実は、ファラデーガラス自体は1年かからないくらいで開発できたんです。ただ、これは試作品ができたというレベルです。そこから光アイソレーターに使えるだけの品質に仕上げることが難しく、実用化できるレベルになったのは開発開始から4年後くらいです。

光アイソレーターとして製品化してからは、お客さまから品質やサイズに関する指摘を受け、一時は『もう無理なんじゃないか』と思うこともありました。しかし、諦めずに改善とさらなる小型化を進めた結果、現在では、リピートで購入いただけるお客さまもいらっしゃるほどになりました。ただ、これで終わりとは思っていません。現在も、品質の安定や量産性の向上といった点で、開発を続けています。」

――ガラス製ファラデー素子だけではなく、光アイソレーター自体の開発に乗り出したのはどうしてですか。

鈴木さん「光アイソレーターの小型化を目的に開発を進める中で、ファラデー素子の特性向上だけでなく、使用される磁石の小型化も不可欠だということが分かりました。そのため、開発したファラデー素子に最適な磁石を設計する必要があり、それには材料を深く理解している自分自身が取り組むべきだと考えました。また、新しい材料の良さは実際のデバイスとして機能させてこそ伝わると考えたため、光アイソレーターの開発へ自ら乗り出すことにしました。

ただガラスは自分自身が研究してきたものですし、社内にノウハウもあったのですが、磁石をはじめ、ほかの材料開発はやったことがありません。そこで磁石については自分で一から勉強し、デバイス化を進めていきました。当然、評価方法も分からないので、大学などいろんなところに出向いて教えてもらったりもしました。ここまで来られたのは本当に多くの方の協力があったからだと感謝しています。」

高出力レーザー対応 光アイソレーター
高出力レーザー対応 光アイソレーター

不安を持ちながらも、性能の優位性を信じて開発に邁進

――ガラス製ファラデー素子や光アイソレーターを販売していくうえで、苦労したのはどんなところでしょう。

鈴木さん「一番苦労したのは、顧客の開拓とその顧客への対応でした。NEG自体、デバイスメーカーとしての認知度はまったくなかったので、採用してくれるメーカーを探すためにレーザー関連の学会や懇親会に赴き、パンフレットを配り歩いて興味を持ってくれるメーカーを探しました。

その後、興味を持ってくださるメーカーも現れ、顧客での評価へ進んだのですが、各社から様々な要求が出て、その都度課題も生まれていました。ガラスそのものの開発やモノづくりは、課題があってもそれを苦労と思わず取り組めましたが、顧客の要望に対応していく段階は、一連の開発の中でも一番苦労しました。ただ顧客対応に関しては、上司がメインで対応してくださったので、とても助かりました。」

――壁にぶつかり、くじけそうになったことはありますか。またその際、どのようにモチベーションを維持されましたか。

鈴木さん「今回は企画から自分で始めた仕事なので、いつも『本当に売れるのか?必要としている人はいるのだろうか?』と思いながら業務に取り組んでいました。この思いは開発を始めた当初からあり、つらかったですね。

それでも、性能的にはほかのメーカーのアイソレーターと比較すると優れているし、さらに小型化にも成功しているのだから、コンセプトは正しい、という思いはずっと持ちながら、開発を続けていました。最終的に売れる製品ができたとようやく確信が持てたのはほんのここ数年のことです。」

学術的にも認められた技術力

――今回の受賞の一報を聞かれた時の気持ちを教えてください

鈴木さん「日本セラミックス協会は、日本の無機材料を手掛けている多くの企業や大学が所属している大きな団体です。アカデミックな分野で認めてもらえたことが、すごく嬉しいです。推薦していただいた上司の方々、評価してくださった審査員の方々に感謝の気持ちで一杯です。

製品としてはどれだけ売れたかが評価の基準になると思うのですが、アカデミックな分野で認めていただけたことは、純粋に技術としても優れていることが認められたということだと思います。迷いもありましたが、進んできた道は正しかったということで、本当に嬉しかったです。」

高精度化と高出力化の両面で、拡大するレーザー市場に対応

――光アイソレーターは、現状はどのような方向性で進められていますか。

鈴木さん「販売に関しては、現在は顧客が望まれる形でのカスタマイズもセールスポイントとして、展開しています。まずはお客さまに、高い品質のものを販売していく形です。

ただビジネスとして軌道に乗せるためには、販売数量の拡大も重要だと考えています。特殊用途に対応しながら、販売数を伸ばすための施策も適宜進めていきたいと思っています。

ニーズの大きい分野としては、半導体加工の分野です。微細な加工には高い精度が求められるので、その要求に応えられる光アイソレーターのニーズが高まっています。ほかには、検査装置などのセンシング分野でも大きなニーズがあります。こちらもより高感度な装置が求められており、レーザーのノイズを除去するためにも光アイソレーターが必要になっています。

一方、レーザーの高出力化という点においても、ニーズは大きくなっています。2022年にレーザー核融合の点火に成功したというニュースが出て以来、世界各国が先を争ってレーザーの高出力化を進めています。そのため、光アイソレーターにもそういった高出力化への対応が求められるようになってきたと感じています。レーザー核融合はまだ理論の実証に成功したという段階で、これを発電所として世界に普及させるのはまだまだ先の話ですが、実現のために今後も研究開発は盛んになっていくと思います。

NEGのガラス製ファラデー素子は、光アイソレーターの小型化だけでなく、これまでにない高出力や大口径のレーザーにも対応できるので、現在は高出力の領域でも大学などと共同研究を進めています。ポテンシャルは十分にあると思いますので、将来的には核融合発電の実現にも貢献できればと思っています。」

110×110mmの大口径ファラデー素子
110×110mmの大口径ファラデー素子

――新たに取り組まれていることも含め、今後の展望をお聞かせください。

鈴木さん「開発した当初、自分でも光アイソレーターという部品の重要性が今一つ分かっていなかったのですが、これはレーザーシステムの中でも根幹を成す部品です。

今後は量子コンピューターのような新しい分野にもレーザーの利用が期待されていますが、それにはさらに精度の高いものが要求されます。レーザー技術はそれ以外の分野でもさらに応用展開が広がると思いますが、方向性としては高出力化と高精度化がポイントになるでしょう。高出力化に対しては損傷防止、高精度化に対してはノイズ抑制という面で光アイソレーターの重要性も増していくと考えています。拡大が見込まれる光アイソレーターの市場に対応できるよう、今後も研究開発を進めていきたいです。」

開発したものをしっかりと世に出し、社会に貢献する

――鈴木さんご自身が、開発者として大切にしている価値観を教えてください。

鈴木さん「自分の開発したものをしっかりと世に出していく、しっかりと普及させて社会に貢献していく、ということを大事にしています。当初から本当に売れるかどうかで悩んでいたのも、そこがあったからです。『研究開発して面白いものができた』で終わってしまうのは、もったいないと思っています。

またNEGの創業の精神として“文明の産物を手掛ける”というものがあります。これは自分もすごく共感しています。注目され続けている半導体も、その加工に必要なレーザーも“文明の産物”として育ってきているものだと思います。世の中には流行り廃りがあるので、面白いものができたとしても、使えない技術であれば無用の長物です。その意味で、今必要とされている“文明の産物”は何かをしっかり考え、研究開発をしていくことが重要だと思っています。

レーザー分野に対して、今はまだアイソレーターという形でしか貢献できていませんが、今後さらにレーザーのニーズは高まると思います。ほかのレーザー用のデバイスにも手を広げていき、将来的にはレーザーシステム全体で社会に貢献していけるような開発を行いたいと考えています。」

――後進に引き継ぎたい、仕事に対する姿勢や考え方をお聞かせください。

鈴木さん「NEGは素材メーカーなので、現在は素材を開発して材料として販売していくスタイルがスタンダードです。私自身としては、素材メーカーとして培ってきた材料の開発力、品質の良いものを作る生産技術力を活かし、NEGで作った材料を使ってデバイスまで開発し、それを製品として販売していけるように、NEGのポートフォリオを変えていきたいと思っています。

将来思い描いているレーザーシステム全体を手掛ける構想は、また0からの開発になり、今のNEGの強みを活かせる分野ではないのかもしれませんが、未知の世界にチャレンジしていく姿勢は、持ち続けていたいと思っています。

ただもちろん私一人ではできません。ほかの社員の方が私の活動を見て「こんなところまでできるんだ」と思えるよう、自分の行動で意識変革を促したいと考えています。こうした新しいことを開拓していく「開拓精神」は、後進の方々にも引き継いでいってほしいです。」

――ありがとうございました。

“達成への執念”が事業の新たな領域を切り拓く

磁気光学材料(ファラデー素子)の高性能化は、他社がこれまでも挑戦し、実現できなかった分野です。今回の日本セラミックス協会 技術奨励賞の受賞は、鈴木さんの研究開発が学術的にも功績のあるものと評価された証です。

自分で設定したテーマに「果たして売れるのか、必要とされているのか」という疑問を持ちながらも、技術者としての目線でフラットに製品を評価し、その性能を信じて開発に邁進した姿は、新たな製品開発における信念の重要性を示してくれています。また、次から次に現れる課題に対して、諦めず改善策を追求する姿は、NEGが掲げる“達成への執念”を感じさせてくれます。

さらに、鈴木さんご自身が「この開発を通して、ガラス開発だけではなく技術の製品化からそれをどのように広めていくかというところまで、視野が広がった」と語るように、NEGの事業自体の変革や進化にもつながる研究開発であり、NEGの新たな可能性を示してくれたものでもあります。

半導体からセンシング、果てはレーザー核融合の分野まで、最先端の領域に『開拓精神』を持って挑み続ける鈴木さん。「レーザーのNEG」と呼ばれる日が来るのは、そう遠くないのかもしれません。

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