アートとしてのマンガを支えるタッチを実現――ベテランマンガ家『高河ゆん』に聞く
文:村上タクタ
前回のうめさんに続き、’80年代からプロのマンガ家として活躍するベテランマンガ家の高河ゆんさんにNEGがnanoWave™加工を施したiPad用のガラスフィルムを使ってもらった。うめさんとタッチの好みが違う高河さんを満足させた「もうひとつのタイプのガラスフィルム」とは?
「言葉で説明するのは難しいんですけど、要するに描きたい線が描けるんですよ。これはすごくいい」と高河さん。
実は、最初、高河さんにお渡ししたものは、うめさんと同じガラスフィルムだった。しかし、そちらは「ツルツル過ぎる」と、高河さんの好みには合わなかった模様。そこで、nanoWave™加工のチューニングを変更し、高河さんが希望される「すこしザラザラした感じ」の使用感が出るようにしたのが、現在使っていただいているバージョン。
アナログ描画の時に、ペン軸やペン先、紙にこだわるマンガ家が多いように、デジタルになっても好みの違いがある。もちろん、ご存じのようにマンガ家によって、画風は違うし、描き方のクセや好みも違う。大きい凹凸と、その表面に施される小さい凹凸の大きさを変えることで、自由に使用感を表現できるnanoWave™加工であれば、アーティストとしてのマンガ家が求めるタッチを実現できるのだ。
紙とペンの時代には、上質紙と筆ペン/丸ペンを愛用
高河ゆんさんは『LOVELESS』『アーシアン』『悪魔のリドル』などの代表作で知られるベテランマンガ家。二次創作の同人マンガからスタートしており、作家としてだけでなく、ファンとしてもマンガを愛しているところが独特。ペンネームも車田正美の傑作『リングにかけろ』の登場人物である高嶺竜児、河合武士、剣崎順を合わせてつけられた(本来なら高河じゅんだが、少し変更を加えて高河ゆんにしたとのこと)。プロになってからも同人活動を続けているということから、いかにマンガを愛しているのかが伝わってくる。
その作家歴の長さからも分かるように、当然のことながら当初は紙にペンで描いていた。その当時の道具選びが、今回のガラスフィルムの好みの違いにも影響しているようだったので、そのあたりから聞いてみた。
「紙の時代、私は上質紙を使っていました。印刷会社さんに(シャア専用をもじって)『高河ゆん専用』とした原稿用紙を作ってもらってそれを使っていました」
一般的には、前回インタビューしたうめさんを含め、どちらかといえばツルツルした表面のケント紙的な紙を好む人が多いという。ペンが引っかからないし、細かいディテールを描いてもズレないからだ。
それに対して、ザラザラした上質紙はベテランマンガ家に好む人が多いという。荒々しく力強い表現が可能で、独特のタッチが出しやすいからだ。ペン先は、細い線の中では筆圧で強弱が出やすい丸ペンを使っていたという。インク壺に毎回ペン先を浸けて描く昔ながらのスタイルだ。
「細かいところは丸ペンで描くんですけど、輪郭とか長い線や太い線は、好きな呉竹の筆ペンがあって、それしか使いませんでした」
筆ペンで線を引くと、普通の人なら急に太くなったりと安定しないのが普通で、マンガを描けるなんて信じられないと思うが、高河さんは「それは手首の力でコントロールするんですよ」とこともなげに語られた。多くの絵を描く人にとっても、筆ペンで線の強弱を操るのは至難の技のはず。ましてやUndoが可能なデジタルでの描画とは違って、紙とペンの時代は一発勝負。それはまさにプロの技としか言いようがない。
筆ペンで描かないもっと細かい部分はゼブラの丸ペンを使うとのこと。
「丸ペンは柔らかいんです。グニュって。Gペンは私には太過ぎますし。でもインク壺にいちいち浸けるのは面倒なので、けっこう筆ペンで描きます」
高河さんは、多作で描くのが速いことでも有名だが、「描きたい速度」に追いつくために筆ペンを使われるのかもしれない。
時代を追って進んでいったデジタル化
ザラザラした上質紙に、筆ペンや丸ペンで描くのは、かなりの技量がないと難しい。だからアシスタントの方々には不評だったそうだ。
「アナログ時代はアシスタントに嫌がられましたね。多くの人は普段ケント紙で描いてるから『先生、上質紙は引っかかります。描きにくいです』と言われていました。線を引いても、表面の凹凸に引っ張られてクニクニ曲がるし、ベタを塗る際にも表面に凹凸があるから凹んだ部分にベタが乗りにくかったりします」
しかし、高河さんはザラザラした感覚、ある程度引っかかる感じのある上質紙が好きだったのだそうだ。
デジタル化が始まったのは’90年代。一番最初にデジタル化が進んだのはカラー原稿の彩色だった。紙に主線を手描きした原稿をスキャンして、パソコンで彩色するというワークフローだったという。ポリタンク型のPower Mac G4(Quick Silver)などを使った記憶があるそうだ。彩色するのに使っていたアプリはPhotoshop。当時は、描いたデータはオンラインで送信するのではなく、CD-Rに焼き、それを紙の原稿と同じように編集者が受け取りに来ていたそうだ。
「その後もずっと、線画までは手で描いてたので、主線から全部デジタルになったのは割と最近」
つまり、やはり当初は主線をデジタルで描くのは難しかった。
それに対して、スクリーントーンを貼ったり、ベタを塗ったりというのはデジタルの方が作業性が良かったのだそう。また、納品される側も、紙の原稿を受け取るよりも、方法さえ定まればデジタルデータの方が受け取りやすかったようだ(一番最初は、印刷所も編集部もイヤがったようだが)。
この時代は、パソコンにワコムのペンタブ(ペンタブレット)か、液タブ(液晶タブレット)を繋いで、コミスタ(コミックスタジオ)というセルシスのアプリの上で描いている人が多かった。しかし、最高の環境を手に入れようとすると、ワコムの27インチ液タブ(約50万円)とデスクトップパソコンが必要だったので初期投資が大きい。ベテランマンガ家にとっては問題のない支出かもしれないが、アシスタント全員分揃えるとなるとそれなりの額になるし、駆け出しのマンガ家やアマチュアにとっては敷居が高かったようだ。
そこに大きな変化をもたらしたのが、クリスタ(クリップスタジオ)というコミスタの後継アプリがiPadに対応したことだった。
「私も多分、その頃からiPad Proを使うようになりました。iPad版のクリスタが出たのは2017年かな。多くのマンガ家さんも、その後iPadで描くようになりました。今ではコミケなど二次創作のシーンでは、紙で描いたことがない若い人も増えています」
高河ゆんがiPad Proでの描画を愛する理由
「iPadで描くようになって、どこでも描けるようになりました。カフェとかで仕事をすることもあります」
高河さんはiPadでクリスタを使う時にはメニューを極力非表示にするとのこと。できるだけ描画する画面を広く取りたいのだそうだ。クリスタは元々大画面のパソコンで使うことが前提のアプリなので、メニューの表示項目が多いのだ。
それを補うために、左手ではショートカットをセットしたテンキーを利用している。絵を描く人の中には、ダイヤルやレバーを数多く装備した、いわゆる『左手デバイス』を利用する人も増えているが、高河さんは「私はこれがいいよ」とテンキーを愛用。使い慣れた道具が良いということのようだ。
「そういえば、デジタルデータで最初に作ったのは商業誌ではなくて、同人誌でしたね。まどマギ(魔法少女まどか☆マギカ)の同人誌だったけど、それが全部デジタルでやった最初の作品だったと思います。すごい試行錯誤して描きました。何回もデータを上書きしてしまったりして大変でした。描いた線が実際に印刷した時にどう出るか? というのも試行錯誤だったし、トーンがきれいに出なかったりとか」
高河さんは、主線を描くことに関しては、あまりパソコンを経ずに紙から一気にiPadに移行したという。
「私がなんでiPadにこだわるかというと、主線のタッチなんですよね。私は、パソコンで描くよりiPadで描く方が好きなんです。説明は難しいですけど、描きたい線が描けるんですよ。私とiPadの相性がいいのかもしれない。パソコンと液タブという組み合わせもいいんですよ、十分に。大好きなんですけど、液タブが98%だとしたら、iPadは102%の線が描ける」
iPadが使いやすいと感じるのは、高河さんのペン運びの速さに理由があるのかもしれない。
「私はすごく速くペンを動かすので、iPad(Pro)の方がペン先の動きに描画がついてくる感じがするのかもしれません」
iPad ProのディスプレイはProMotionという仕組みに対応しており、最大120Hzのリフレッシュレートで描画する。つまり、描いた線が画面に表示されるレスポンスがいいのだ。
また、ソフトウェア的なペン先の形状も、複雑なものを使うと(ごくわずかだが)描画に時間がかかってしまうそうで、高河さんは描画の速いペン先を選んでいるという。そこまでレスポンス重視なのだ。
ペーパーライクフィルムより、nanoWave™加工のガラスフィルムを好む理由
「私はツルツルな描き味が苦手なので、iPad Proを導入した時からいわゆる『ペーパーライクフィルム』という少しザラザラするフィルムを貼っていました」
ネットショップやSNSを見て、自分の好きな絵師が使ってるフィルムを何種類も試してみたという。フィルムは一度剥がすと使えなくなってしまうが、そこは仕事の道具だから、好みでない描き味だと躊躇なく貼り替えて何種類も試したという。
ただ、樹脂フィルムはずっと使っていると劣化する。
「手はほぼ固定して、表示の方を動かして描くから、同じところばっかり何万、何億回も線を引きますからね。削れてくるんです」
そうすると、貼り替えなければならないのだそうだ。
「あとnanoWave™加工を施したiPad用のガラスフィルムは色がきれいに見えます。樹脂のペーパーライクフィルムより透明度が高くてスッキリしている」
これは明らかにガラスフィルムのメリット。ガラスなので、当然のことながら樹脂よりも透明度が高いのだ。特にカラーイラストを描く時に、フィルムに色が付いていると仕上がったイラストの色が影響を受けてしまう。ガラスフィルムなら透明度が高いので、その心配はない。
デジタルのメリットとは?
「インク壺をひっくり返したりする心配がない点も、デジタルは安心ですね。昔は徹夜を続けていると、描いてる途中に寝てしまって原稿を汚したりしました。デジタルならUndoもできますし。しかし、不思議なことにデジタルの方が原稿を描くのに時間がかかるんですよね」
Undoが効くからこそ、気に入った線が出るまで何度もやり直してしまうのだそうだ。
「顔の線とか、シューッと引いて『あ、ちょっと違う、違う』とやり直してしまう。紙に描いていた時は輪郭を描くとか、目を描くとかは一発勝負でしたから。緊張感がありましたが、やらざるを得なかった」
デジタルデータでやりとりするようになって、アシスタントとの仕事の仕方も変わったという。
「同じ場所にいる必要もなくなりました。今、私のメインのアシスタントのひとりは湘南ですけど、もうひとりはカナダ、そしてひとりはスペインにいます。それでも問題なく仕事ができています。時差はあるけど、コミュニケーションもLINEやDiscordで全然問題ない。一応、コアタイムみたいなのはあって、通話したりするのはそのタイミングでするようにしています」
新しいアシスタントへの描き方の共通化や、ノウハウの共有はチーフアシスタントが担当している。すでに長い歴史の中でマニュアル化されており、チーフアシスタントがそれを引き継いでいく制度になっているという。
多彩な好みに対応できるのもnanoWave™加工のメリット
アーティストであり、職人でもあるマンガ家が描き味にこだわるのは当然だ。個性ある画風の方々が、それぞれ好むタッチが違うのも理解できる。
その好みの違いを自由に提供できるのもnanoWave™加工のメリットのひとつだと言えるだろう。
「最初に試したのより、今使わせてもらっている方が断然いいですね。ザラっとした感じがいい。すごくいい」
と高河さん。
今後、nanoWave™加工では多彩なマンガ家、イラストレーターの好みに合わせた表面処理を提供できるようになるだろう。
ライター:村上タクタ
iPhone、iPadなどアップル製品を中心に扱うガジェット・テクノロジー系編集者・ライター。カリフォルニアでのWWDCやiPhone発表会にも参加することが多い。バイク、ラジコン飛行機、熱帯魚とサンゴの飼育など、趣味の雑誌の編集者として、’92年から約30年で約600冊の雑誌を作ってきた。2010年からIT系の記事を執筆。趣味とテクノロジーを掛け合わせた記事はもちろん、教育ICT、スタートアップ、行政DXなどについても多くの記事を書いている。『ThunderVolt』編集長。
※本記事でご紹介している描き心地は、マンガ家『高河ゆん』さんの制作スタイルやご要望に合わせて、NEGが個別に設計したnanoWave™加工の仕様です。
nanoWave™採用製品に関するお知らせ
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iPad用ガラスフィルム 受注販売中!
トリニティ株式会社より、nanoWave™を採用したiPad用ガラスフィルムの受注販売が開始されました。
※同製品は、本記事で紹介した仕様とは描き心地の設計が異なりますが、高い透明性や耐久性については同等の品質を備えています。詳細は、トリニティ株式会社の特設ページをご確認ください。
nanoWave™を活用した製品開発や協業をご検討の方は、ぜひお問い合わせください。
NEGは、微細凹凸技術によるガラスフィルム加工を通じて、タブレット・スマートフォン向けフィルム商品の新たな価値創出を目指しています。