特殊ガラスメーカー「日本電気硝子(NEG)」とは
あなたのスマホ、テレビ、車、AIインフラを支える半導体。一見関係のなさそうなこれらすべてに、使われているガラスがある。滋賀県大津市に本社を置く日本電気硝子(NEG)の「特殊ガラス」だ。
コップでも窓でもない、「機能するガラス」を作る
NEGは1949年、NECから独立して創立した。売上高約3,000億円、従業員約5,300名(全世界)、東証プライム上場、日経平均株価の構成銘柄でもある世界トップクラスの特殊ガラスメーカーだ。扱うのは、ガラス瓶やコップ、窓ガラスといった一般的な製品ではない。NEGが手がけるのは、産業や先端技術を支える機能性ガラス、いわゆる特殊ガラスだ。半導体部品、テレビやパソコンのディスプレイ、プラスチック・コンクリート強化用ガラス繊維、センサーや光通信モジュールなどの電子部品、医療用ガラス、超耐熱ガラス――さらには全固体電池や核融合のキーデバイスにも用いられる。
主力のディスプレイ用ガラスは世界シェア2位。AIインフラの拡大を追い風に、半導体後工程向けを中心とした高付加価値製品を展開する。
組成とプロセス、2つの魔法
ガラスは地球上のほぼすべての元素を取り込める不思議な素材だ。わずかに組成(成分の割合)を変えるだけで、割れにくさ、熱への強さ、電気の通しにくさ、光の屈折率まで性格を一変させる。しかも、その性能を決定づけるのは組成だけではない。溶かす温度、冷却の速度、再加熱の条件——製造プロセスの違いが、ガラスをまったく別の機能材料へと変える。NEGはこの「組成」と「プロセス」を巧みにコントロールし製品として世に送り出す。
特殊ガラスには、比類なき「精度」も求められる。たとえばテレビ用のガラス基板。4Kテレビの画素サイズは髪の毛ほどしかなく、ほんのわずかな異物や凹凸も、映像の欠陥につながる。NEGはこの要求に応えるため、建屋の高い位置から溶けたガラスを流し、空気以外に触れさせずに成形している。この方法で生産される3m×3mの巨大なマザーガラスは、東京ドームのグランドに米粒一つ落ちていてもダメ、100mで0.1mmの凹凸もダメ——という精度になる。
見えないところで活躍する製品たち
NEGの特殊ガラスは、一般の人が目にしても、それがガラスだと気づかれない場所で使われている。店頭に並ぶことはないが、最先端技術や社会インフラを支える不可欠な製品だ。以下では、その技術力が凝縮された特殊ガラスのトピックスを紹介する。
AI社会を支えるガラス
曲がるガラス「Dinorex UTG®」
厚さ0.025mm、髪の毛の半分以下。それでも直径3mmに曲げても割れない。折りたたみスマホのカバーとして、あなたのポケットの中にあるかもしれない。
宇宙へ飛ぶガラス「BDX-2」
紫外線を遮蔽し、極限まで軽量化した曲がるガラス。人工衛星のソーラーパネルの保護カバーとして宇宙の過酷な環境から守っている。
建築を変えるガラス繊維「WizARG®」
高濃度ジルコニアを含むガラス繊維で、鉄筋コンクリートの代替品として注目される。インド・ムンバイ国際空港、ロンドンのファリンドン駅、東京の麻布台ヒルズ。世界の著名建築に、NEGの技術が息づいている。
医療の最前線
ワクチンや注射薬を収めるガラス容器には、内容物と反応しない薬品耐性と、滅菌工程に耐える耐熱性が求められる。NEGは、長年アルカリ溶出を抑えたホウケイ酸ガラスを提供してきた。また、CT室などでX線を遮蔽する放射線遮蔽ガラスも、医療現場で広く使われている。
暮らしの安全
次の時代へ——ガラスが電池になる
NEGは次世代電池の開発を進めている。「全固体ナトリウムイオン二次電池」は、希少なリチウムではなく豊富なナトリウムを使い、発火リスクが極めて低い。極寒から高温まで、あらゆる環境で安定稼働する。特殊ガラスの技術が、エネルギーの未来を切り拓く。
地球を守る、全電気溶融炉への転換
ガラス製造で最もエネルギーを消費するのが、原料を溶融する工程だ。NEGは早くからCO₂削減に取り組み、化石燃料を使わず電気だけで溶かす「全電気溶融炉」への転換を進めている。現在約38%まで置き換えが進み、2030年までに70%以上を目指す。自社施設にメガソーラーを設置し、VPPAも導入。カーボンニュートラルへ挑戦している。
基礎研究への継続投資と外部連携
NEGは基礎研究・応用研究への継続的な投資している。滋賀県立大学との産学連携、京都大学との寄付講座など、10年単位での長期的な視点で研究に取り組む。
さらに、川下の加工メーカーとの共同開発体制も特徴的だ。電子基板の高精度加工を得意とするビアメカニクス社との協業では、汎用性が高いCO₂レーザーで穴あけ加工ができる新型無機コア基板「GCコア®」の開発に成功。台湾のガラス加工メーカーGAIT社とは、超薄板ガラスを用いたスピーカー振動板を共同開発中だ。
時代が変わっても、変わらないもの
1949年の創立以来、NEGが大切にしてきた原点がある。「文明の進歩が求めるガラス」を手がけ、高品質な製品を潤沢に届けること。真空管からブラウン管、液晶ディスプレイ、そしてAIインフラ製品。時代のニーズに合わせて事業を転換しながら、技術革新を続けてきた。
先端技術から日常の安全まで——高付加価値の特殊ガラスで、NEGは世界の最先端を支え続けている。