特殊ガラスの力で未来をひらく──日本電気硝子という企業の全体像

2024.11.27(2025.08.09更新)
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「ガラス」と聞いて、どんなものを思い浮かべるでしょうか? 窓、コップ、蛍光灯……。どれも私たちの生活に身近な素材です。

しかし、滋賀県大津市に本社を構える日本電気硝子(NEG)が手がけるのは、こうした“身近なガラス”とはまったく異なる領域です。スマートフォンの画面、IHクッキングヒーターの天板、注射器、そして人工衛星。これら一見、まったく違う製品に共通して使われている「特別なガラス」を、NEGはゼロから生み出しています。

折りたたみスマートフォン
IHクッキングヒーター
注射器とバイアル
人工衛星

ゼロから「機能を創る」素材メーカー

NEGは、ガラスをただ加工する会社ではありません。お客様や社会のニーズに応じ、ガラスそのものをいちから設計し、製造する素材メーカーです。
ガラスは、地球上のほとんどすべての元素を取り込むことができる不思議な素材です。その組成(成分やその割合)を変えるだけで、まるで魔法のように性能を自在に変えられます。割れにくさ、熱への強さ、電気の通しにくさ、光の曲げ方、反射の仕方。NEGは、長年にわたる基礎研究と製造技術によって、こうした特性を活かした“機能を持つガラス”を創り出してきました。

この技術力の象徴が、ディスプレイ用ガラスを成形するオーバーフロー法です。溶けたガラスを空中で自然に引き延ばすことで、非常に滑らかな表面の板ガラスを連続的に作ることができます。この方法により、ナノレベルで平坦な、極めて高品質なガラス基板を大量に安定供給することが可能になりました。世界中のスマートフォンやテレビの美しい表示は、この「空中でガラスをつくる」というNEGの技術によって支えられています。

オーバーフロー法によるダイレクト成形(矢印はガラス成形の流れ)。ダイレクトに成形されたガラスは、表面の平坦性が高いことが特長です。平坦性とは、凹凸や反り、うねり、歪みが少なく、表面が均一であることを指します。平坦性が不足していると、高精細なディスプレイの製造工程において、表示層の塗布が不均一になり、最終的な表示品質が低下してしまいます。特に、小さな画素が集まって形成される高精細ディスプレイでは、表面にわずかな凹凸があるだけでも、表示画像の品質に悪影響を及ぼします。
オーバーフロー法によるダイレクト成形(矢印はガラス成形の流れ)。ダイレクトに成形されたガラスは、表面の平坦性が高いことが特長です。平坦性とは、凹凸や反り、うねり、歪みが少なく、表面が均一であることを指します。平坦性が不足していると、高精細なディスプレイの製造工程において、表示層の塗布が不均一になり、最終的な表示品質が低下してしまいます。特に、小さな画素が集まって形成される高精細ディスプレイでは、表面にわずかな凹凸があるだけでも、表示画像の品質に悪影響を及ぼします。
液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイのマザーガラス(約 2.9mx3.3m)
液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイのマザーガラス(約 2.9mx3.3m)
NEGはディスプレイ用ガラス(テレビ、パソコン、スマホなど)で世界シェア2位
NEGはディスプレイ用ガラス(テレビ、パソコン、スマホなど)で世界シェア2位

未来を拓くNEGの特殊ガラス

世界のモバイルを変える「超薄板ガラス」

NEGの「Dinorex UTG®」は、フォルダブルスマートフォンに不可欠な超薄板ガラスです。厚さはわずか0.025mm。これは髪の毛の太さの半分以下でありながら、直径3mmまで折り曲げても割れにくいという驚異的な性能を実現しています。この技術がなければ、折りたたみスマートフォンのような革新的なデバイスの進化は止まっていたかもしれません。

超薄板ガラスDinorex UTG®はフォルダブルスマートフォンに採用が進んでいる
直径3mm(半径1.5mm)以下に曲げても割れたり跡が残ったりしない(画像をクリック)

自動車と建築を支える「見えない力」

自動車や建築分野でも、NEGのガラスが活躍しています。ガラスを髪の毛より細い繊維状にしたガラスファイバは、樹脂やコンクリートと組み合わせることで、軽くて強い素材をつくり出します。

  • 自動車では、内装材に使われることで部品を大幅に軽量化し、燃費向上やCO₂排出削減に貢献しています。
  • 建築では、コンクリートの補強材として使われることで、鉄筋のように腐食することなく、建物の強度を保ちます。空港や駅舎、公共施設など、世界中の建築物がNEGのガラスファイバによって支えられています。
太さ数µm~十数µmに成形したガラスの糸「ガラスファイバ」を数mmの長さにカットしたEファイバ チョップドストランド
太さ数µm~十数µmに成形したガラスの糸「ガラスファイバ」を数mmの長さにカットしたEファイバ チョップドストランド
WizARG™(耐アルカリガラスファイバ)
WizARG™(耐アルカリガラスファイバ)
WizARG™(耐アルカリガラスファイバ)が採用されたムンバイ空港
WizARG™(耐アルカリガラスファイバ)が採用されたムンバイ空港

生活と安全を守る「見えない盾」

私たちの身近な生活の安全性も、NEGのガラスによって支えられています。
IHクッキングヒーターのトッププレートに使われる結晶化ガラス「ネオセラム®は、熱衝撃に強く、極めて高い強度を持ちます。直火を使わず、ガラスを通して加熱するクッキングヒーターを、安全かつ快適に使うことを可能にしました。
また、NEGの防火ガラスは、特殊な結晶化ガラス技術により、火災の熱で割れることなく炎を遮断し、避難時間を確保します。商業施設や公共施設の窓として、人々の安全を守る重要な役割を担っています。

IHクッキングヒーターのトッププレートに使われる結晶化ガラス「ネオセラム」
IHクッキングヒーターのトッププレートに使われる結晶化ガラス「ネオセラム®
防火ガラス「ファイアライト®」シリーズ
防火ガラス「ファイアライト®」シリーズ

さらに、医療分野でもNEGのガラスは欠かせない存在です。新型コロナウイルスのワクチンバイアルや、抗肥満薬のカートリッジ型注射器に使われる医薬用管ガラスは、薬剤の安定性を保ち、生命を守るために不可欠な容器です。そして、病院のCT室やX線室の観察窓に使われる放射線遮蔽ガラスは、医療従事者と患者を放射線から守る役割を担っています。

化学的耐久性や耐熱性、耐衝撃性に優れた医薬用管ガラス
化学的耐久性や耐熱性、耐衝撃性に優れた医薬用管ガラス
医療用、工業用、研究所用、さらには原子力産業用と、広範囲な分野で使用される鉛の入った放射線遮蔽ガラス
医療用、工業用、研究所用、さらには原子力産業用と、広範囲な分野で使用される鉛の入った放射線遮蔽ガラス

新しいエネルギーとインフラの未来

NEGは、ガラス技術を応用して未来の社会インフラも創り出しています。

  • エネルギー: リチウムに代わる資源として期待されるナトリウムを用いた全固体ナトリウムイオン二次電池(NIB)は、発火リスクがなく、極寒から高温まで幅広い環境で安定作動する次世代電池です。電子機器、モビリティ、定置用など幅広い用途で活躍が期待されています。
  • 通信インフラ: AI、データセンター、5G/6G通信といった次世代インフラを支えるのも、NEGのガラスです。半導体チップの高密度実装を可能にするガラス製コア基板ガラスセラミックス製コア基板「GCコア™」、光通信インフラを支える高機能なレンズ素材などが、高速・大容量通信を可能にする「見えない要」として活躍しています。
NEGが開発したオール酸化物全固体ナトリウム(Na)イオン二次電池
NEGが開発したオール酸化物全固体ナトリウム(Na)イオン二次電池
先端半導体パッケージ向けガラスセラミックスコア基板(GCコア™)
先端半導体パッケージ向けガラスセラミックスコア基板(GCコア™)

環境課題と真摯に向き合う製造技術

ガラス製造には、1,500℃を超える高温が必要なため、大量のエネルギーを消費します。NEGはこの課題に対し、全電気溶融炉の導入や、水素100%燃焼バーナーの開発に成功するなど、ガラス産業全体の脱炭素化を牽引する「技術のリード役」としての役割も担い始めています。

ガラス溶融のプロセスにおいては通常、燃焼を利用して材料を加熱します。しかし、近年はカーボンニュートラルの実現が全世界的に求められるなか、ガラス製造業においても、燃焼によるCO2排出量の削減が課題となってきました。電気溶融技術(NEMT™:NEG Electric Melting Technology)は、ガラスに電極を挿入し、直接通電して加熱することで溶融させる技術です。
ガラス溶融のプロセスにおいては通常、燃焼を利用して材料を加熱します。しかし、近年はカーボンニュートラルの実現が全世界的に求められるなか、ガラス製造業においても、燃焼によるCO2排出量の削減が課題となってきました。電気溶融技術(NEMT™:NEG Electric Melting Technology)は、ガラスに電極を挿入し、直接通電して加熱することで溶融させる技術です。

企業全体像──ガラスがひらく、NEGの未来

日本電気硝子(NEG)は、日経平均株価(日経225)の構成銘柄にも選ばれる、日本を代表する特殊ガラスメーカーです。創業から70年以上の歴史を持つ当社は、スマートフォンやテレビのディスプレイガラス、自動車部品、建材、医療機器など、幅広い分野で使われる特殊ガラスを製造し、売上高約3000億円を誇るグローバル企業へと成長しました。特に、液晶や有機ELディスプレイ用ガラス市場では、約20%の世界シェアを有し、業界の「ビッグ3」の一角を占めています。

NEGの歴史と事業の変遷

NEGの歴史は1949年、日本電気株式会社(NEC)のガラス事業部門から独立し、滋賀県大津市で90名余りの小さなガラス工場として始まりました。
創業当初はテレビ用ブラウン管(CRT)ガラスを中心に製造し、日本の高度経済成長とともに事業を拡大しました。その後、液晶ディスプレイの登場によって市場が大きく変化する中、NEGはブラウン管で培ったガラス製造技術を応用し、ディスプレイ用ガラスへと事業構造を転換。現在では、ディスプレイ用ガラスに加え、ガラスファイバをもう一つの事業の柱とし、多様な産業の進化を根底から支えています。

技術革新を支える取り組み

NEGは、製造技術だけでなくガラスの基礎研究・応用研究に対しても、継続的かつ多額の投資を続けています。滋賀県立大学との産学連携京都大学との寄附講座をはじめ、10年単位での長期的な研究投資を行うことで、次世代半導体用基板や全固体ナトリウムイオン二次電池など、社会課題と市場ニーズに応える革新的な素材を次々と生み出しています。また、優れた加工技術を持つ企業との協業も大きな特徴です。例えば、電子基板の微細加工を得意とするビアメカニクス社とは高精度な穴あけ加工が可能な新型ガラスコア基板を、台湾のGAIT社とは超薄板ガラスを用いたスピーカー用振動板を共同研究するなど、協業を通じて特殊ガラスの新たな可能性を探求し続けています。

終わりに

ガラスという素材に、これほど多くの表情があることをご存じだったでしょうか?
NEGは、これからもその知られざる力で、人々の暮らしと未来を拓いていきます。

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