ガラスに多彩な機能と価値を付加する「薄膜」
ガラスは一般的に透明で反射や映り込みがあるものです。しかし、ときには反射や映り込みのないガラスが求められることがあります。例えば、美しい景色を窓越しに見たい場合や美術館・博物館で絵画や美術品を見る場合などです。また、鏡のように光を反射するガラスや、赤外線(熱線)を遮断して内部の温度調整ができるガラス、汚れや水をはじく機能を備えたガラスも存在します。こうした特殊なガラスには、さまざまな金属や化合物が表面に薄い膜として成膜されています。「薄膜」と呼ばれるこれらの膜について、ご紹介します。
見やすさを高める光学薄膜
光学薄膜を成膜することにより、ガラスの反射や透過を制御することができます。例えば、AR(反射防止)膜は、光の干渉を利用して「映り込み」を低減します。それにより、ガラスの向こう側にある対象物がより見やすくなるため、ディスプレイのモニターや絵画のカバーガラス、宝飾店の展示ディスプレイなどに用いられます。また、光の乱反射を利用して「ぎらつき」を抑えるAG(アンチグレア)膜を成膜したガラスは、屋外や電灯下で使われるモニターやデジタルサイネージに用いられます。
コラム:反射防止膜の仕組み
一般的にガラスは光が入っていく(入射)ときに4%程度、出ていく(出射)ときに4%程度を反射するため、透過する光は元の92%程度になります。夜、明るい場所からガラス越しに暗い場所を見たときに、ガラスに周りの風景が映り込み、向こう側が見えにくいことがありますが、これは、反射された8%の光が見えているのです。AR膜を表面に成膜することで反射を抑え、映り込みを減らすことができます。反射防止膜は、異なる屈折率をもつ膜が幾層も積み重ねられています。
温度を調整する光学薄膜
赤外線(熱線)を透過し可視光を反射する光学薄膜を成膜したガラスは「コールドミラー」と呼ばれます。例えば、ヘッドアップディスプレイを太陽光による温度上昇から守るために使用されます。また、ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムスズ)やFTO(Fluorine-doped Tin Oxide:フッ素ドープ酸化スズ)などの透明導電膜は、可視域で高い透過率を維持しながら、伝導電子のプラズマ吸収波長を超える近赤外線やそれよりも長波長の光を吸収あるいは反射させることでほとんど透過しません。この特性を活かして高可視光透過率の熱線反射膜として、薪ストーブの窓や防火ガラスに遮熱目的などで使用されます。ITOを用いた膜は特に熱線反射特性に優れ、FTOを用いた膜は耐熱性に優れます。
その他の多様な機能を持つ光学薄膜
特定の波長の光だけを透過、反射、吸収する光学薄膜を成膜したガラスは「光学フィルター」と呼ばれます。
ロングパスフィルターは、長波長の光を透過し、短波長の光を反射または吸収します。その一例がUVカットフィルターで、紫外線を遮蔽し、紫外線よりも長波長の可視光を透過します。デバイスの保護カバーなどに用いることで紫外線によるデバイスの劣化防止が可能になります。
一方、ショートパスフィルターは短波長の光を透過し、長波長の光を反射または吸収します。その一例がIRカットフィルターで、赤外線を遮蔽し、赤外線よりも短波長の可視光を透過します。デジタルカメラやスマートフォンに搭載されるイメージセンサーの光学フィルターとして用いることで、撮影した画像の色を人間の目で見た色に近づけることが可能になります。
バンドパスフィルターは、特定の波長範囲の光のみを透過し、それ以外の波長を遮蔽する光学フィルターです。パルスオキシメーターなどの測定器において、特定の波長の光のみを選択的に透過・検知させるために活用されています。
このように、光学フィルターにもさまざまなものがあり、幅広い用途に使用されています。
各フィルターの波長、透過帯の特徴
汚れや水・油をはじく薄膜
撥水・撥油膜は文字通り、水や油をはじくことで汚れや異物の付着を防ぐための膜です。通常のガラス表面は親水性で、水が容易に広がってしまうため、汚れが付着しやすくなります。しかし、表面に撥水・撥油膜を成膜することで、表面エネルギーが低下し、接触角が大きくなって水滴や油滴が球状になるため、これらの液体が容易に滑り落ちます。これによってガラス表面の清潔さが長期間維持されるだけでなく、メンテナンスも容易になります。AF(指紋付着防止)膜はこの性質を利用し、指紋などの汚れの付着を防止し、付着した汚れを容易に除去できます。防汚性だけでなく、滑り性も付与することができます。また、従来は材料としてフッ素樹脂が広く用いられていましたが、近年では世界的な規制を背景にフッ素不使用の撥水・撥油膜も登場しています。
導電性をもたせる薄膜
ガラスは一般的に絶縁体ですが、透明導電膜を成膜することで、ガラスの表面に導電性を付与することができます。代表的な透明導電膜であるITOは、映像ディスプレイや太陽電池、ヒーターなどの透明電極として用いられています。導電性に加えて透明性も重視される場合は、界面での反射を抑えるために屈折率調整層を加えたIMITO(Index Matched ITO)が用いられます。IMITOは、光ネットワークなどに用いられるWSS(Wavelength Selective Switch)などのLCOS(Liquid Crystal on Silicon)を使用したデバイスなどに用いられています。
意匠性を付与する薄膜
加飾膜は、透明なガラス表面にさまざまな風合いを付与できる薄膜です。ガス・IHクッキングヒーターのトッププレートや冷蔵庫などのキッチン家電などに用いられています。